環境教育と復興教育を例にした「持続可能で包容的な地域づくり教育(ESIC)」のあり方

市民性教育と児童・生徒の社会参画 | CiNii Research

 

持続可能で包容的な地域づくり教育
:Education for Sustainable and Inclusive Communities(ESIC)」 が求められている。

これは、誰でもが安全・安心に生き続けられるような地域・コミュニティづくりのための教育である。

 

主権者教育は、直接的には、政治・行政への参加(知事や教育長との討論集会など)である。

その基盤には、憲法教育・平和教育があり、
学校づくりだけでなく地域づくりへの参加の蓄積を重要とする。

宮下は、主権者教育を「持続可能な地域をつくっていく担い手、
つまり地域を守り、つくっていく主権者を育てる教育」として提起した。

そして、学校づくりを超えて、地域づくりへの生徒参加を実践している。


これらの活動は、H. ボイトの「組織活動としての教育にもとづく市民性」形成であり、
社会的問題の解決をめざして多様な立場の人々と協働する「パブリック・ワーク」である。

協同的な学習諸領域は、
それぞれが固有の意味をもちながら相互豊穣的に展開する(パブリック= 公共的)実践
として理解される必要がある。

それらを構造化するのが、カリキュラム・マネジメントや学校教育計画であり
それらは地域教育計画の重要な一環として位置付けられなければならない。

 

 

 

1)環境教育と市民性

 

市民性教育に求められている教科横断的教育領域として、環境教育がある。

環境教育は、国際理解教育(開発教育) などとともに総合的学習の代表例となっている。

しかし、学校環境教育は、環境問題の重要性の理解からだけで取り組まれるわけではない。

 

例)小学校高学年・総合的な学習の時間における実践(岸本, 2017)

岸本は、学級崩壊に直面し、あれこれ対応してみたがうまくいかず、自身がもともと「川がき」だったことを思い出して、学校近くの東条川を教材にすることを思いついた。

そこから始まった授業は、まさに環境教育そのものである。

ミネラルウォーターと水道水の体験的比較
水道水の源である東条川の調査
その汚染原因の探求
汚さないための生活や行動のあり方の検討
保護者や専門家の協力
学習成果の多様な表現・発表

といった流れである。

環境教育では、科学の成果や体験による自然教育を通して「知ること」に始まり
みずからの生活や常識を問い直して「人間として生きること」を学ぶような生活環境教育が必要である。

しかし、学んだだけでは「環境」そのものは変化しない。

学んだことを「なすことを学ぶこと」に繋ぎ、「ともに生きること」を学びつつ、「ともに世界を創ること」に参画していくような環境創造教育が求められる。

そうして学んだことの意味を総括し、その後の学習課題をまとめることも
大きな学習的意義をもっている。

 

こうした地域における環境教育を、
市民性教育の一環として位置付けることが必要となっている。

 

環境教育の理論と実践において、大森は

新自由主義的行動主義を越えるために、「協同的活動主体」の形成を提起している。

また、行動主体としての子どもの行動知・実践知を重視している。

最近では、「地域をつくり子どもの社会参画を育てる教育」の重要性を強調している。

これらは、表-1における
行動・協働学習、分配・連帯学習、自治政治学習の展開に位置付けられる。

 

 

また、森林環境教育は、幼稚園から高校まで

①野外で楽しく遊ぶ
②季節ごとの自然を体感して気づく
③環境の仕組みや人間と自然の相互作用を理解し、環境問題に対して自分なりの判断を下す
④未来に対して責任を持つ

という段階的発展をふまえた具体的なプログラムを構成している。

 

このように、市民性教育の一環としての環境教育を体系化し

一貫した環境学習の全体を構造化しつつ、

各教科と環境教育の関連を深めていくことが

学校環境教育の当面する重要課題となっている(鈴木・降旗 2017)。 

 

 

 

 

2)復興教育と市民性

 

石巻市雄勝小学校の徳水博志による実践である。

被災後、教育行政は、すみやかな学校再開」「教育正常化」に取り組んだ。

しかし、旧来の教育課程 を前提とした教育は、
被災地の子どもと保護者の実態と希望からかけ離れたものであった。

教師には、消極的であれ積極的であれ「教育課程の自主編成」が求められた。

徳水は、自らも被災しながら、子ども・保護者・地域の実際にねざした教育課程の編成が必要だと気付いた。

そして、震災復興教育を中心にした学校運営(経営)の提案を提起した。

基本的な考え方は
①〈子どもは地域の宝〉という子ども観
②〈社会参加の学力〉という学力観
③地域復興と一体化した「学校経営」観 である(徳水 2018:38)。

とくに②は、学校教育から地域を変革する教育論として注目される。 

 

具体的実践に向けて、まず総合的学習の時間のカリキュラムが編成された

目標は、「雄勝復興の活動に参加しながら、仲間とともによりよい暮らしをつくり出そうとする実践力を育てる」ことである。
当時、被災した子どもは、できるかぎり被災状況や被災を想起させる場面から引き離すという対応が多かった。
その中で、この目標はきわめて積極的なものであったといえる。
もちろん、PTSDなどに陥った子どもが多く見られた中では被災児の「心のケア」が大切にされる。
しかし、この実践は、被災体験を記録する活動へと展開し、やがて復興に向けた共同制作で、地域の将来をも表現する木版画「希望の船」づくりに発展している。
さらに注目されるのは、「雄勝復興の活動に参加」する実践である。
自主カリキュラム編成復興まちづくり協議会への参加住民アンケート実施復興市での南中ソーラン演舞伝統産業の硯づくりや漁業の再生
を含む「復興まちづくりプラン」の製作と発表など、ESIC に必要な実践のほとんどが展開されている。
被災地の、しかも小学校でそれらが取り組まれたことは驚嘆すべきである。このような復興教育・復興ESDに、市民性教育展開に不可欠な「子どもの社会参画」を位置付けた学校教育の可能性をみることができる。